―信仰と希望と愛と―
大変美しい装丁の本である。最近は、人の寿命が延びたこともあって、まだ存命、活躍中に何年~何年までの全歌集というような出版をする場合も見かける。しかし今回の香野さんの歌集の試みはさらにユニークである。過去に出版した五冊の中からの自選歌集としての全歌集があり、それに歌集としては、未発表の第六章を加えたのであるから、柔軟な発想ここに尽きるという感じがする。
さて、歌集全体を読ませていただいた。著者の歌は、基本的には文語、旧仮名を用いながら適宜に口語調を取り入れてあり、気負わず、てらわず、やさしく平明に、詠いあげている。古来からの短歌の持つリズムと流れを生かしつつ、口語により現代人の感情や事物を詠み込むという最も適切な表現形態をとっている。このような歌集であるが、内容について感想を記したい。
第一に、この本は著者の思いと発想の根本にキリスト教信仰があることである。
・二人子を巣立たせてよりのわが祈り献身の祈りひたすらなりき
・生けるもの全てをつつむ神の愛われに迫れば涙あふるる
著者は人生の様々な所を通っているが、何時も心に信仰ゆえの平安を持っているのが感じられる。
第二にこの歌集には希望が溢れている。絶えず希望を持ちながら前へ前へと進む著者の姿勢が伺える。
・初めてを立ちたる西の城下町胸ふるはせて踏み入りしなり
・生き急ぐわれにあらねどみづからの年の重ねによろこびのあり
第三にこの歌群れには家族愛がにじみ出ている。
・春されば花ひらく庭ともに見む人あらなくに春まためぐる
・冬の陽をあまねく受くる現し身ぞいとし子ふたりひたひたと添ふ
普通子供や家族のことを詠むときには私情が優先する。しかし著者には歌人としての客観性、普遍性のある見方があり、そして何よりも歌としての美しさがある。
この全歌集の期間は三十年に及ぶ。脚注などのない中、巻末の略歴、歌歴は歌を理解するうえで大変参考になる。
以上、歌集評と言いながら、形の上のことを主体に書いてしまった。お赦しをいただきたい。この全歌集発刊が歌人香野ゆりにとって、結社内に止まらず甲村秀雄代表の跋文による推薦を得て、今後、短歌界へ飛翔する機会となればと願っている。
(平成27年4月30日短歌研究社より出版、定価3,000円)
(ナイル短歌工房誌・平成27年9月号)
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